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秩父簡易裁判所 昭和50年(ろ)16号 判決 1976年4月07日

主文

被告人を罰金一万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

被告人に対し、公職選挙法二五二条一項の選挙権および被選挙権を有しない旨の規定を適用しない。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五〇年四月一三日施行の埼玉県議会議員選挙に際し、公職選挙法二〇一条の一四所定の機関紙でなく、かつ、毎月三回以上号を逐つて定期に有償頒布していない新聞紙「政経タイムス」の編集、発行ならびに経営を担当する者であるが、その選挙運動の期間中である同年四月二日ころ、同選挙に埼玉北一区から立候補した井上喜一郎、栗原稔および中石松一らの得票数の予想を論じ、さらに右「中石の前には栄光に輝く当選はなく、失意の落選以外のものはない」などと同人を批評した同月三日付同新聞号外約二五、〇〇〇部を編集印刷して、同月三日設楽光吉を介し、別表記載のとおり、同選挙区内の秩父市宮側町六番四号新聞販売業小島繁雄ほか七名に対し、合計二一、三〇〇部を交付して翌四月四日付各新聞紙に折込配付方を依頼し、もつて選挙に関する報道および評論を掲載したものである。

(証拠の標目)(省略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は、昭和五〇年法律第六三号による改正前の公職選挙法二三五条の二・二号、一四八条三項に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、情状として、本件は被告人の同法に対する誤解によるものであること、判示の政経タイムスの号外はその殆んどが一般人に配布される前に回収されており、それは警察が新聞販売店に対して注意したためではあるが、被告人も右回収につき手配したことを酌量して、その所定金額の範囲内で被告人を罰金一万円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用の負担については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人に負担させ、前記の情状のほか本件は形式犯であることも考慮すると、被告人に対し選挙権および被選挙権を停止することは、いささか酷に失するので、公職選挙法二五二条四項により同条一項所定の五年間選挙権および被選挙権を有しない旨の規定を適用しない。

(被告人の主張に対する判断)

被告人の主張は、同人の陳述書、申立書および準備書面のとおりであるから、これを引用する。

所論は、要するに、公職選挙法一四八条三項一号イの規定中「新聞にあつては毎月三回以上」という部分は、言論報道の自由を保障した憲法二一条に違反し効力を有しない、というのであるが、同人が違憲であると主張する右規定を設けた趣旨は、いわゆる選挙目当ての新聞紙は、ともすれば特定の候補者と結びついてこれを支援し、あるいはその対立候補者に対して故意に非難攻撃を加えるなど選挙に関する不公正な報道、評論を掲載することがあり、しかも、ひとたび新聞紙に不公正な記事が掲載された場合、その影響が大きいことに鑑み、このような選挙に関する不公正な報道、評論によつてもたらされる選挙の自由公正に対する侵害の危険を防止し、もつて憲法の理想とする民主政治の健全な発達を期することを目的とするもので、右のような新聞紙は大体において発行回数が毎月三回に満たない新聞紙である事実に着目し、選挙の結果に最も影響をおよぼしやすい選挙運動の期間中および選挙の当日に限り、当該選挙に関する報道または評論を掲載しうる新聞紙を限定するため、その条件の一つに「新聞紙にあつては毎月三回以上」という発行回数についての条件を加えたものである。その結果、本件の政経タイムスのごとく、その発行回数が毎月三回に満たない新聞紙にあつては、言論報道の自由が制限されることになるが、それは公共の福祉との関係から憲法上許された必要かつ合理的な制限というべきであつて、憲法二一条に違反するものではないと解するのが相当である。

よつて、被告人の主張は採用しない。

別表

<省略>

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